人間椅子

人間椅子・・・奥様の尻の下で棲息することにたとえようのない 歓びを感ずる生物。類するものに人間魚雷、人間蓄音機、人間ポンプなどがある。 (『大世紀末予言』 妄想と科学出版より)

<巻頭歌>

人の命ははかなくて
渡る世間もはかいかぬ
とある厭世主義者の曰く
夜の夢こそまこと

人間椅子倶楽部

人の間が人間で
愛だ恋だのうそ寒い
冪算された負と負から
さかしまの灯が見える

人間椅子倶楽部

人の道などナンマイダ
快楽三昧テンパイだ
異端審問のスペイン人
今じゃ拷問マニア

人間椅子倶楽部

「奥様、奥様の方では少しもお気付きのない男からこのようなぶしつけなお願いを 申し上げます罪をお許しくださいませ。奥様はある暖かいどんよりとした日の 午後、無性にこの世に味気無さをおぼえてしまうことがありますまいか。 奥様、そのような時にはぜひとも奥様の腰掛けている椅子の中の当倶楽部の 会員書にそっと、入会希望と御申し付け下さいませ。」

<人間椅子奇譚>

第一章 「予兆」

あれは確か私が高校生の時のことでしたでしょうか。その頃の私は馴染むことの無いクラスメイト と共に退屈な授業を受け、放課後は水泳部の過酷な練習に日々追われる毎日の おかげで心はズタズタに荒びきっておりました。 そんな私の唯一楽しみだったのは家に帰って音楽をこころゆくまで鑑賞することであり、その時ほどこころ休まる ことはなかったのでございます。今思えば随分と暗い青春時代を送ったものでした。 聴いていた音楽といえば、レッド・ツェッペリン、ブラック・サバス、キング・クリムゾンなどの ブリティッシュロックや80年代スラッシュメタル、そして確か筋肉少女帯とかいう 日本の滑稽なロックバンドなども聴いておりましたっけ。
そんな音楽好きの私も段々と聴くものがなくなってまいりまして、もっと刺激 のある音楽はないものかとこの生まれつきあきっぽい性格に苛立ちをおぼえな がら空虚なこころを灰色の空に漂わせておりました。従兄弟からその奇妙なバンド を紹介されたのはちょうどその頃のことでした。
久方ぶりにひょっこりやってきた従兄弟は一冊の雑誌をよこしそこに写って いた一つの写真を私に示すのです。そこにはなんとも異様な古ぼけた三人の男が写って おり、その下には“人間椅子”という前代未聞の怪しげなバンド名が記されておりました。 私はこの写真と“人間椅子”という奇妙奇天烈な名前に不思議とひきつけられながらも その時これから何やら不吉なことがおこる、前兆のようなどす黒いものを感じ ないではいられませんでした。

第二章 「レンタルショップ」

どんよりとしたある日の午後、私はいきつけのレンタルショップでいつものように CDを物色しておりました。すると、新譜コーナーの棚にどこかで見覚えのある ジャケットが目に飛び込んでまいりました。おや、と思いそのCDを手にとって よく見ると私は全身が凍り付くような寒気に襲われました。 古ぼけた三人の男 の写真、ジャケット全体から漂ってくる不吉な不快感・・・
ああ、間違いない!何とそれはあの悍ましき人間椅子のアルバムだったのです!!

『人間失格』/ 人間椅子

CDの裏を返してみますとそこには目を覆いたくなるような何とも悍ましい曲目が十一曲えんえんと綴られて おりました。「鉄格子黙示録」「あやかしの鼓」「賽の河原」「悪魔の手毬唄」 「アルンハイムの泉」・・・。
そして何よりも私を驚かせたのが、「ヘヴィ・メタルの逆襲」という曲 のタイトルでした。あの伊藤正則の名著『ヘヴィ・メタルの逆襲』と全くの同 一タイトルではありませんか!! 私は驚きのあまりしばらくその場に呆然と立って おりましたが、ハッと我に返ると何を思ったのか、震える手でそのCDをカウンター まで持っていき人目を憚るように一目散で家に逃げ帰ったのでした。

第三章 「再生」

家に帰った私は、しばらくの間このアルバムを聴くことを躊躇っておりましたが、 私の持ち前の好奇心の抗い難い誘惑に抵抗することが出来ぬまま、とうとうCDデッキの再生ボタン を震える指で押したのでした。
最初にスピーカーから流れてきたのは、世にも悍ましいオドロオドロとした ギターの不協和音でした。私はその時何か聴いてはならないものを聴いてしまった ような不安と深い後悔の念にかられたのを今でもはっきりと覚えています。 続いてなんとも形容し難き不気味な歪みきった図太いベース音が響いてまいり ました。それはまるで得体の知れない爬虫類がぬめぬめとした足をはわせながら 一歩一歩私の背後から近づいてくるような凄みをもって迫ってくるのでした。
最初の二分で激しい嘔吐感に襲われた私は、たまらず停止ボタンを押しかけた その時でした。聞き覚えのあるギターフレーズが私の耳に飛び込んできたのです。 しばらく考えてから私はそれがあのバッジーの名曲”Breadfun”であることに ようやく気づいたのでした。この曲は過去にスラッシュ・メタルの帝王メタリカがカヴァーしたことで 有名でしたが、彼らはこの名曲を驚くべき疾走感と簡略さをもってして彼ら独特の 悍ましきオリジナル歌詞にて大胆にもリメイクしているのでした。私は彼らの 神をも畏れぬ冒涜的な演出に恐怖にも似た心情を禁じ得ないのでありました。

第四章 「目覚め」

全ての曲を聴き終えた私はしばらくの間、なにも考えることが出来ない一種の痴呆状態に陥って おりました。それほどまでにこのアルバムは想像を絶する内容だったのでございます。ああ、 私はなんというものを聴いてしまったのでしょう!!
しかし、私はその時はたしてこのアルバムを聴いたことを本当に後悔していたのでしょうか。 そこに展開する楽曲は紛れもなく私が敬愛していた70年代ブリティッシュハード・ロック の流れを汲むものであり、一度聴いたら忘れられない印象深いメロディーラインは 一概には拒絶することのできない不可思議な魅力を持っているのでありました。そしてなに よりも最後まで停止ボタンを押すことが出来なかったことが必ずしもこの異様な音楽性が 嫌いではなかったという証ではなかったでしょうか。 それにしてもやはりこの醜怪な歌詞と陰雑な歌声はいつまでも私に不快さと嫌悪 感を募らせるのでした。特にイントロがブラック・サバスの名曲”Electric Funeral” を彷彿とさせる、このアルバムの最終曲である「桜の森の満開の下」の歌詞は なんとも形容し難い一種異様な戦慄を感じないではいられませんでした。


竹の林に転がる子供の首
五尺五寸の大蜘蛛の目が光る
腹の模様が織りなす曼陀羅の絵
桜の満開の下で

この歌詞の中で展開する魑魅魍魎たる狂気の世界の悍ましい情景が私の脳裏にまざまざと 浮かび上がった時、私は気でも狂ったのではないかしらと自分の精神に異状を来したかの ような錯覚に陥ったのでございます。 この気味の悪さは、私の潜在意識の深みにぎすぎすこたえる暗澹たる猟奇趣味 の背景と、恐ろしくも調和しているようでした。驚愕と嫌悪の目眩く状態に あったにもかかわらず私の病的な好奇心はその不快感を徐々に恍惚感へと変貌させていったので あります。
私の中で狂気が芽生えはじめようとしておりました。

第五章 「狂気の果てに」

それから私は何処で何をしていてもあの名状し難き異形のアルバムに収録されていた 「悪魔の手毬歌」のサビの部分のあの悍ましい歌詞が脳裏から離れることは ありませんでした。そして年月がたち、今ではベスト盤を含め九枚ものアルバム を買い集めるまでの人間椅子嗜好癖者になり果ててしまったのございます。
人間は誰しも心の奥底に太古からの狂気に満ちた残忍性と暗澹たる陰鬱な暗黒 の部分を秘めているのではないでしょうか。それが日常ではめったに顔をださずに 何かのきっかけでその封印が解かれるのを虎視耽々と待っているのかもしれません。 人間椅子の邪悪に満ちた音楽性は万人を狂気の世界に陥れますが、人によっては それが癖になってしまうという恐ろしい中毒性を秘めているのだと考えられます。
それからの私は人間椅子のアルバムが発売される度にレンタルショップへと出かけ るようになりました。そこには人間椅子のアルバムを誰かかりる者がいないかと 影からこっそりと様子を覗いながらニヤニヤと笑っている自分の姿がありました。

<人間椅子作品紹介>

・『人間椅子』…イカ天時代の幻のミニアルバム。「陰獣」などの名曲が収められている。
・『人間失格』…私を陰鬱な世界に引きずり込んだ記念すべきデビュー作。
・『桜の森の満開の下』…アグレッシヴになった。見開きジャケットがうれしい一枚。
・『黄金の夜明け』…大作主義に陥ったのか長めの曲の多い神秘的作品。
・『羅生門』…Meldackに契約を切られることを悟っていたかのような叙情的な作品。
・『ペテン師と空気男』…アルバム未収録曲3曲を含めたファン泣かせのベスト盤。
・『踊る一寸法師』…インディーズからの個人的に一番好きなディープな傑作アルバム。
・『無限の住人』…漫画「無限の住人」のイメージコンセプトアルバム。時代劇風。
・『頽廃芸術展』…シンセやお経、カリンバなどを導入したりとかなり実験的な内容。
・『二十世紀埋葬曲』…ジャケが示すとおり、拷問ばりのヘヴィな内容。「春の海」は最高!!
・『怪人二十面相』…タイトルどうり極めてストレートな内容。怪作「芋虫」には脱帽。
・『見知らぬ世界』…落ち着いた内容で派手さはないが、貫禄のある完成度の高い演奏力が冴えている。
・『修羅囃子』…曲展開はどれも聞いたことのあるものばかりでノリが軽すぎる。駄作!!
・『三悪道中膝栗毛』…江戸モノ風で今まで以上にニブい音質にB級テイストな作り。それが不思議と癖になる。
・『遺言状放送(VHS)』…ライヴ映像と「りんごの泪」「夜叉ヶ池」のPVをおさめた超貴重もの。
・『怪人二十面相(VHS)』…「怪人二十面相」のPVと撮影風景。怪人二十面相お面の付録付。
・『見知らぬ世界(VHS)』…「見知らぬ世界」「幽霊列車」のPVと青森県田舎舘村でのライブ映像。

<私が体験した戦慄の20曲>

・どだればち…東北弁ドップリの歌詞、初期サバス的なギターが一番マッチした名曲。
・人面瘡…美しいアルペジオから始まり、ハードに展開する初期の名曲中の名曲。
・りんごの泪…青森名産をテーマにした記念すべきファーストシングル。
・ED75…DOOM色の強い前半、ブルージーなエンディング、哀愁の漂う出稼ぎソング。
・夜叉ヶ池…「天国への階段」「7月の朝」と並ぶ名作と言わしめた長大作。
・モスラ…ブルー・オイスター・カルトの「ゴジラ」に対抗したといわれる曲。
・賽の河原…彼らが得意とする数え歌が怪しい暗さナンバーワンの曲。
・憂鬱時代…中間アコースティックが美しく、ギターとベースの掛け合いが見事。
・人間椅子倶楽部…ファンクラブ勧誘曲。3番は筋少の内田雄一郎がゲストで熱唱。
・ダンウィッチの怪…ラヴクラフトの世界を音楽によって見事表現した傑作。
・芋虫…古ぼけたベース音、スライドギターが怪しく、鈴木氏の哀愁感タップリの歌声が素晴らしい。
・楽しい夏休み…小学生の絵日記のような夏休み風景を超ハードでバカテクな演奏でストレートに歌い上げている。
・陰獣… 乱歩作品のタイトルなのだが、内容は前半が久作で後半はラヴクラフト。
・戦慄する木霊…爽快なハードロック展開、和嶋氏のギターワークが冴える。
・春の海…春の海とは思えないダークさ、鈴木氏の唄とベースが怪しすぎる。
・莫迦酔狂い…千鳥足なテンポと百鬼夜行の魑魅魍魎どもの行進を想わせるベースラインが凄まじい。
・走れメロス…ホンダオートバイの欧州向けPRビデオに使用されたインスト。ほとんどアイアン・メイデン。
・平成朝ぼらけ…枕詞、五・七・五のテンポで歌い上げた大和撫子風傑作。
・埋葬蟲の唄…クリムゾンの「21世紀の精神異常者」を想わせる四分にも及ぶ間奏は圧巻!
・恐山… 青森で恐山のプロモーション用に作られたアコースティックナンバー。正にイメージにピッタリ。

以上が私の人間椅子に関する世にも奇妙奇天烈な体験談でございます。尚、ここでは私が何者であるかということは明かすことができません。 もしどうしても知りたいという奇特な方がいらっしゃったならば一番下のトップのところをクリックしてみて下さい。 あるいはもっと素敵な音楽をお知りになりたいという方は下のピンク顔の男の肖像画をクリックして下さい。 それはきっと貴方をサイケな音楽世界へと導いてくれるでしょう。それでは私はこのへんで筆をおろさせていただきます。
草々                            

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わ、トップページへ戻ることにしたじゃぁ